第10楽章 ー幼稚園の普及ー
「幼稚園教育百年史」(昭和54年:ひかりのくに株式会社発行)によれば、『幼稚園の普及は、六・三制義務教育の整備に忙殺されて後れたが、前途の諸般にわたる枠組みに支えられて、昭和30年代に入って急速に進捗し、昭和51年現在5歳児の就園率は65%に達し、この20年間に3倍強の発展を示すに至った。」のです。これはあくまでも全国的な傾向ですが、昭和41年の国の動きを見てみたいと思います。
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●昭和41(1966)年● ○01.21 幼稚園設置基準改正協力者会発足
○04.13 幼稚園教育課程研究推進校46園指定(期間1年) ○06.09 「幼児教育の普及状況調査の実施について」通知
○11.15 幼稚園教育90年記念式典を挙行 ○12.27 「幼稚園設置基準」を改正 ※省令施行の際、現に在していた幼稚園の園舎、運動場の面積に
ついて、特別な事情のあるときは、当分の間、従前の例によること ができる旨の改定等
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葵幼稚園園舎(昭和40年代) |
この足跡は、国は徐々に幼児教育の環境整備に本格的に取り組み始めたことを教えてくれます。また国は、この年に国立大学である岡山大学、徳島大学、香川大学、福岡教育大学に幼稚園教員養成課程を設置しています。更には福島大学、広島大学、山口大学の教員養成学部に附属幼稚園を開設しています。いずれも国立大学です。もっと言えば、校長、指導主事等研修講座に「幼稚園部会」を開設するなど国の積極的な取り組みは明快です。
それでは、帯広市の教育事情はどうであったかといえば、昭和41年11月に「つくし幼稚園」の設置、昭和43年1月には「帯広ひまわり幼稚園」、音更に「共栄台幼稚園」がそれぞれ設置となっています。また、この年の8月、大空町2丁目に「葵南幼稚園」が起工式を行い、翌年4月に開園しています。 |
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