序曲 ーだれでもはじめは子どもだったー
1,966(昭和41)年7月22日、私は東京の西荻窪にある児童福祉施設「双葉園」の園長室にいました。園長は当時厚生省中央児童福祉審議会委員だった高島巌先生です。私は、先生が講師を務めるボランティアスクールの生徒でした。その修了を機に直接先生の仕事場を訪ねたのです。その時私は、先生から一冊の本をいただきました。高島巌著『だれでもはじめは子どもだった』(発行所:川島書店)といいます。
この本が、その後の私の生き方に大きな影響を与えることになります。
高島先生の本は次のような言葉から始まります。 |
〈おとなはだれでもはじめは子どもだった。このことを忘れずにいるおとなはいくらもいない。けれども、いつまでも子どもの心を忘れずにいるおとなこそほんとうのおとなである。〉
これは「星の王子さま」という、おとなむきに書かれた童話のなかで、フランスの作家サン・テクジュペリがいっている言葉である。つまり、おとなと子どもの心のつながりの大事さをいったものである。
要するに、人間のしあわせは、すべて、この、心と心のつながりからはじまるのだ、ということを、おとなにも子どもにもかわってもらおうとした点に、サン・テグジュペリの気持ちがあるわけだ。
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高島巌先生はこう書き記し、第一楽章の「子どもを知るということ」へとペンを進めていきます。 私にとって実に49年前、若すぎる19才の時の話です。私は、あの時の私自身の心のあり様を思い起こしながら、現在、理事長を務める学校法人帯広葵学園(旧帯広源照学園)の50年の歴史をまちづくり、ひとづくりの視点で記録したいと考えています。 |
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